1 そこで、ネブカデネザル王は全軍を率いて攻撃をしかけ、エルサレムを包囲してしまいました。 王がエルサレムに来たのは、ゼデキヤ王の即位後九年目の十二月二十四日のことです。
2 包囲は、ゼデキヤ王の即位第十一年まで続きました。
3 最後の年の六月二十三日になると、町に残っていた最後の食糧も底をつきました。
4-5 その夜、王とその手勢は、内側の城壁に穴をあけ、宮殿の庭園の近くにある、二重の城壁の間の門を通り抜けて、アラバへ逃げました。 町を包囲していたバビロンの兵士たちはあとを追い、エリコの平原で王を捕らえました。 家来たちが散り散りになったことは、言うまでもありません。
6 王はリブラへ連行され、バビロンの王の前で裁判を受けました。
7 その結果、目の前で息子が次々に殺されるのを見せつけられたのち、両眼をえぐり出され、足かせにつながれたまま、バビロンへ連行されました。
8 ネブカデネザル王の即位後十九年目の七月二十一日に、王の侍従長ネブザルアダン将軍が、バビロンからエルサレムに到着し、
9 神殿や宮殿をはじめ、町中のめぼしい建物をぜんぶ焼き払いました。
10 また、バビロン軍を指揮して、城壁を取りこわしました。
11 町に残っていた人々と、バビロンの王に忠誠を誓ったユダの逃亡兵全員は、捕虜としてバビロンへ連行されました。
12 貧民街に住む者だけが、土地を耕すために残されたのです。
13 バビロン軍は、神殿の青銅の柱と青銅の洗盤を台もろともこわし、青銅を全部バビロンへ運びました。
14-15 また、つぼ、十能、火皿、芯切りばさみ、さじ、その他、いけにえをささげるために使う青銅の器具も全部です。 金や銀の鉢は、その他の金銀とともに、溶かして金塊や銀塊にされました。
16 ソロモン王が神殿のために作った、二本の柱と台つきの大洗盤は、あまりにも重くて、量ることができませんでした。
17 柱の高さは、それぞれ九メートルあり、その上に回りを青銅の網細工とざくろで飾った一メートル半の柱頭がついていました。
18 ネブザルアダン将軍は、祭司長セラヤと次席祭司ゼパニヤ、それに、三人の神殿警備員を、捕虜としてバビロンへ連れて行きました。
19 ユダ軍の司令官、徴兵官、王の五人の側近、町に隠れているところを見つかった六十人の農夫は、
20 将軍に捕らえられて、リブラにいるバビロンの王のもとへ連行され、
21 剣で切り殺されました。こうして、ユダの国民は祖国をあとに、捕虜となって連れ去られたのです。
22 ネブカデネザル王は、アヒカムの子、シャファンの孫ゲダルヤを、ユダに残った者を治める総督に任命しました。
23 バビロンの王がゲダルヤを総督に任命したと聞くと、イスラエルのゲリラ部隊の指導者たちは、部下を引き連れ、ミツパにいるゲダルヤのところへ来ました。 ネタヌヤの子イシュマエル、カレアハの子ヨハナン、ネトファ人タヌフメテの子セラヤ、マアカ人の子ヤアザヌヤと、その部下たちです。
24 ゲダルヤは、彼らにこう保証しました。 「武器を捨ててバビロン軍に下れば、捕虜にもならず、この地に住める。」
25 ところが、それからしばらくして、王族の一人であったイシュマエルは、十人の部下を連れてミツパへ行き、ゲダルヤをはじめ、ユダ人とバビロン人からなる総督府の職員を殺してしまったのです。
26 たいへんなことになりました。 バビロン軍が報復に出るかもしれません。 人々はゲリラ部隊の指導者たちとともに、あわててエジプトへ逃げました。
27 エホヤキン王は、捕虜となって三十七年目の三月の十一日に、牢から釈放され、自由の身となりました。これは、エビル・メロダク王の即位の年のことです。
28 彼はエホヤキンに親切にし、バビロンで共に獄につながれていたどの王よりも、厚遇しました。
29 エホヤキンはそれまでの囚人服から新しい服に着替え、一生の間、いつも王の食卓で食事をしました。
30 王は、エホヤキンが生きている間中、毎日の生活費を支給したのです。