1 王がアブシャロムのために悲嘆にくれている、という情報が、やがてヨアブのもとにも届きました。
2 王が息子のために嘆き悲しんでいると知って、その日の勝利の喜びはどこへやら、深い悲しみに包まれてしまいました。
3 全軍は、まるで負け戦のように、すごすごと町へ引き揚げました。
4 王は手で顔をおおい、「ああ、アブシャロム! ああ、アブシャロム、せがれや、せがれや!」と泣き叫んでいます。
5 ヨアブは王の部屋を訪ね、こう申し上げました。 「私どもは、きょう、陛下のおいのちをはじめ、王子様や王女様、奥方様や側室方のおいのちをお救い申し上げました。 それなのに、陛下は嘆き悲しんでおられるばかりで、まるで私どもが悪いことでもしたかのようです。 全く恥をかかされましたよ。
6 陛下は、ご自分を憎む者を愛し、ご自分を愛する者を憎んでおられるようですな。 私どもなどは、どうなってもよろしいんでしょう。 はっきりわかりました。 もしアブシャロム様が生き残り、私どもがみな死にましたら、さぞかし満足なさったことでしょう。
7 さあ、今、外に出て、兵士に勝利を祝ってやってください。 神様に誓って申し上げます。 そうなさいませんなら、今夜、全員が陛下から離れていくでしょう。 それこそ、ご生涯で最悪の事態となりますぞ。」
8-10 そこで王は出て行き、町の門のところに座りました。 このことが町中に知れ渡ると、人々は続々と王のもとへ詰めかけました。一方、イスラエルのここかしこで、論議がふっとうしていました。 「どうして、ダビデ王にお帰りいただく話をせんのか。 ダビデ王はわしらを、宿敵ペリシテ人から救い出してくださったお方だぞ。 せっかく王に仕立て上げたアブシャロム様は、ダビデ王を追って野に出たが、あえなく戦死なさった。 さあ、拝み倒してでも、ダビデ王に帰っていただき、もう一度、位についていただこうじゃないか。」 どこでも、こんな話で持ちきりでした。
11-12 そこでダビデは、祭司のツァドクとエブヤタルを使いに出し、ユダの長老たちにこう伝えさせました。 「どうして、王の復位を最後までためらうのか。 国民はすっかりその気でいるぞ。 ぐずぐずしているのは君たちだけだ。 もともと、君たちはわしの兄弟、同族、まさに骨肉そのものではないか!」
13 また、アマサにも伝えました。 「甥のおまえに、決して悪いようにはせんぞ。 ヨアブを退けても、おまえを最高司令官にしてやる。 もしこれが嘘なら、神様に殺されたってかまわん。」
14 そこでアマサは、ユダの指導者たちを説得しました。 一同は説得に応じ、口をそろえて王に、「どうぞ、ご家来衆ともども、お戻りください」と頼んできました。
15 いよいよ、エルサレムめざして出発です。 ヨルダン川にさしかかると、まるでユダ中の人々が、王をギルガルまで出迎えたかのような人出で、川越しを手伝おうとしました。
16 ベニヤミン人ゲラの息子で、バフリム出身のシムイも、王を迎えようと駆けつけました。
17 彼のあとには、ベニヤミン部族の人々が千人ほどついて来ていましたが、その中に、かつてサウル王に仕えたツィバとその十五人の息子、二十人の家来などもいました。 一行は王の来る前にヨルダン川に着こうと、息せき切って来たのです。
18 彼らは王の一家と兵たちを渡し舟に乗せ、一生懸命その川越しを手伝いました。王が渡り終えた時、シムイは前にひれ伏し、すがるように弁解しました。
19 「陛下、何とぞお赦しください。 エルサレムから落ちのびられた陛下に、取り返しもつかないほどの悪いことをしてしまいましたが、どうか、水に流してください。
20 大それた罪を犯してしまったと、重々反省しております。 それで、きょう、ヨセフ部族の中でも、一番乗りして陛下をお迎えに上がろうと存じまして……。」
21 アビシャイがさえぎりました。 「こいつめ。 打ち首に決まっておるわ! 神様に選ばれた王をのろったんだからな。」
22 ダビデはそれをとどめました。 「そんなことばは控えろ! きょうは処罰の日ではなく、祝宴の日だ! わしがもう一度、イスラエルの王に返り咲けたのだからな!」
23 それからシムイに、「おまえの命を取ろうとは思わんぞ」と誓ってやりました。
24-25 ところで、サウルの孫メフィボシェテが、王を迎えようとエルサレムからやって来ました。 彼は王がエルサレムを逃れた日以来、足も着物も洗わず、ひげもそらずに過ごしていたのです。王は、「メフィボシェテ、どうしていっしょに来てくれなかったのだ」と尋ねました。
26 「陛下、あのツィバが欺いたのでございます。 私はツィバに、『王について行きたい。 ろばに鞍を置け』と命じました。 ご承知のように、足が思うようになりませんもので。
27 ところがツィバは、同行を拒んでいるかのように、私のことを陛下に中傷したのでございます。 しかし、陛下は神様の使いのようなお方です。 おこころのままにご処置ください。
28 私も親族もみな、死刑宣告を受けて当然の身でございましたのに、陛下はこの私めに、陛下の食卓で食事する栄誉をお与えくださいました。 この上、何を申し上げることがございましょう。」
29 「わかった。 ではこうするとしよう。 おまえとツィバとで、領地を二分するがよい。」
30 「どうぞ、全部ツィバにやってください。 陛下に無事お戻りいただけただけで、本望でございます。」
31-32 王とその軍隊がマハナイムに寄留していた時、一行の面倒を見てくれたバルジライが、ヨルダン川を渡る王の案内を務めようと、ログリムからやって来ました。 かれこれ八十歳になろうという老人でしたが、非常に裕福に暮らしていました。
33 王はバルジライに請いました。 「いっしょに来て、エルサレムで暮らさんかね。 ぜひお世話したいと思うのだが。」
34 「とんでもございません。 わしゃもう、あまりにも年をとりすぎておりますわい。
35 八十にもなっては、余命いくばくもございません。 ごちそうやぶどう酒の味も、わからんようになっとります。 余興も楽しゅうはございません。 足手まといになるばかりでございます。
36 ただ、ごいっしょに川を渡らせていただければと思いましてな。 これほど名誉なことは、ございますまい。
37 そうしたら戻りますわい。 両親の墓のある故郷で死にとう存じます。 で、ここに控えておりますのがキムハムと申しますが、これにお供をさせていただけませんかな。 どうか、わしの代わりに面倒を見ていただきとう存じます。」
38 「それはいい。 キムハムとやらを連れてまいろう。 ご恩返しのつもりで世話させていただきますぞ。」
39 こうして、全員が王とともにヨルダン川を渡り終えました。 ダビデから祝福の口づけを受けると、バルジライは家路につきました。
40 王はキムハムを伴って、ギルガルへ向かいました。 ユダの大多数とイスラエルの約半数が、ギルガルで王を出迎えました。
41 ところが、イスラエルの人々は、ユダの人々だけが王とその家族の川越しに立ち会ったことに腹を立て、王に抗議したのです。
42 ユダの人々は答えました。 「どうして、そんなにこだわるのだ。 王はわしらの部族のご出身だぞ。 何も文句を言われる筋合いはない。いったい王がどうされたっていうんだ。 特別、わしらを養ってくださったわけでなく、贈り物をくださったわけでもないのだ。」
43 しかし、イスラエルの人々はおさまりません。 「イスラエルには十部族もあるんだぞ。 つまり、おまえたちの十倍も、王に対しては権利があるんだ。 それなのに、どうして、わしら全員を呼んでくれなかったのだ。 そもそも、今度の王位返り咲きを言いだしたのは、わしらだぞ。 わかっているだろうな。」こうして議論がふっとうし、ユダ側も激しく応酬しました。